手紙で物語をつむぎだす 『恋文の技術/森見登美彦』
『恋文の技術/森見登美彦』を読みました。
こんな人におすすめ
- 手紙を書くひまがないほど忙しい人
- 「夜は短し歩けよ乙女」「四畳半神話体系」の世界観が好きな人
- くだらないことで笑いたい人
※ すこしネタバレあり
あらすじ
京都の大学院から、遠く離れた実験所に飛ばされた男が一人。無聊を慰めるべく、文通修行と称して京都に住むかつての仲間たちに手紙を書きまくる。文中で友人の小生の相談に乗り、妹に説教を垂れるが、本当に想いを届けたい相手への手紙は、いつまでも書けずにいるのだった。
この一文にグッときた!
白ヤギさんではないのですから、読まずに書くのはやめてください。
同じ人から2日で3通も手紙を受けっとったことに対する、主人公・守田一郎のコメント。このユーモアはかなり好きです。センスを感じる。いつか機会があったらこのジョークを使いたいなと思ったけど、今のご時世、なかなかチャンスは巡ってこなさそうだ。
感想
本文はすべて手紙の形式になってます。こういうのを書簡体小説というみたいですね。この本では相手からの返事の手紙はなく、主人公・守田一郎が書く一方的な手紙のみでストーリーは展開していきます。親友、研究室の先輩、妹などと文通のやりとりがあるのですが、それら他の登場人物のせりふが直接出てくることはありません。それなのに、ひとりひとりの顔が想像できそうなくらいにそれぞれのキャラがたっている。これがこの本の特徴であり、おもしろいところだと思います。形式上は手紙を読んでいるだけなのに、物語の世界がぱぁっと頭の中に広がっていくんですよね。手紙ということもあって、文章のテンポもよく、一息にざぁっと読めてしまうのもいいところです。
あきれるほどの阿保です
途中には、恋文を書こうと試行錯誤した時の失敗集も乗せられているのですが、これがまたおもしろい。声を出して笑ってしまうくらいです。個人的にはその三からのその四の流れがかなりツボに入りました。守田一郎の阿保っぷりは、「夜は短し歩けよ乙女」の先輩に近いものがあります。いや、それ以上かな。それから、”研究室の悲劇”は腹をかかえて笑ってしまった。このおもしろさは男の子にしかわからないだろう。本当にくだらない。くだらないんだけど、そのくだらなさがいいんです。
言葉のチョイスが絶妙すぎる
天狗ハム、ぷくぷく粽(ちまき)、無知無知野郎。他にもたくさんあります。最初は何とも思わず素通りするんだけど、繰り返し出てくるので少しずつ気になりはじめます。味が出てくるってかんじだろうか。だんだんその独特のコトバが好きになってしまうから不思議だ。
この小説も本だからこそ、この良さがだせるのだと思います。文字から自分の頭でイメージを膨らませる作業は楽しいです。本ならではの楽しみが味わえたという点で、この本に出会えてよかった。一人であれやこれやと言いながら手紙を書くことに奮闘している。文章には直接描かれない、そんな主人公の姿を想像しながら読んでほしいです。